61歳の誕生日に、今想うこと

ライフストーリー
スポンサーリンク

こんにちは。【心を整える専門ノート】へようこそ。
桜の開花とともに生まれた私。母からの話では、予定日を過ぎて、家で破水したようです。病院に駆け込んで、父が看護婦さんにさんざん怒られたと言っていました。それでも無事に生まれた私。「産んでくれてありがとう」と、天国の両親に言いたいです。

仕事と家族のデザインをしていく挑戦の日々

結婚するときに母が持たせてくれたアルバムがあります。普段あまり見ないのですが、開くと私は「愛されていた」と改めて思います。結婚式の写真で終わっているアルバム。それからの36年は、私にとって「仕事」と「自分の家族」をデザインしていく挑戦の連続でした。 時には現実から逃避しそうになった夫の背中を支え、時には子供たちの進む道を一緒に模索し……。がむしゃらでしたが、家族全員がそれぞれの場所で、プロとして自立している今「よく頑張ってきたね」と自分に言ってあげたい気持ちです。

娘に伝えた「自分探し」の答え

中学生だった娘と、お風呂で話したことがありました。「仕事をしながらでも、自分探しはできるんだよ」と。その時の話した内容を完コピした娘が学校の弁論大会(リベート)で堂々と語り、称賛を浴びた時の誇らしさは今でも忘れられません。 息子も、紆余曲折ありましたが、今は立派な社会人。家族を引っ張ってきた日々は、私の宝物です。

桜の咲く頃、新しい私として一歩を踏み出したい

仕事をしながら家庭を築いてきた私の、誰かのために走り抜けてきたこれまでの人生。61歳になるこれからは、そのエネルギーを「自分のため」にも使っていこうと思います。ブログを始めたのもその一歩です。去年9月から始めたブログは、桜の咲く頃、新しい私としてまた歩き出します。
今年は娘が二人目の子供を出産します。「買い物と食事の準備」を任された私は、自分の分身である娘の役に立ちたい、生きているうちに娘の母親として、孫の祖母として、理想の「ばあば」になりたいと思います。

「幸せの意味」がやっとわかった私たち夫婦

去年の結婚記念日に、お互いに「よくもったよ」と言い合う私たち夫婦。共働きで忙しくてストレスもたまってよくケンカをしていました。でもその度に、夫の本音がわかる、私の本音を伝えられることで、他人だった関係が、「身内」というかけがえのない関係になってきたと思います。先月のバレンタインで、私は何もチョコレートなど渡していない、無視した状況だったのに、3月15日にはクッキーをプレゼントしてくれました。夫から見た人生の節目には、必ず気持ちを形にしてくれました。九州男児のはっきりとした言い方など、初めは慣れない新婚生活から、子供ができて、娘と息子が生まれて、後に孫も生まれて今に至る結婚36年目。65歳を過ぎた夫と、61歳になる私は、ようやく「幸せの意味」が分かるようになりました。

出世するには、与えられた仕事に能力を絞り出す

夫の定年時に、最後まで「好きな仕事をさせてもらえなかった」と言いました。好きな仕事とは、何でしょうか。息子も、転職サイトに希望を伝えていますが、社会ではなかなか気持ちがかみ合わないようです。好きな仕事ではないけれど、生きていくために働いている中で、自分のベストを尽くしたことが反映されているならそれで良いと思います。
保険業界では通算22年、その他の分野の仕事は5年ほど働いてきましたが、「この仕事」が好きだからやっていたわけではなく、与えられた仕事が、たまたまその担当になっただけです。たとえ最初は予想しなかった仕事でも、脳をフル回転させて自分の能力を絞り出し、その結果として今の仕事が「天職だ」と思えるなら、それは人生における「奇跡的な出世」ではないでしょうか。


ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
仕事をして家庭を守りながら、また病気を治療しながら生きて来た私は、たくさんの学びを得てきました。脳に溜まったそれらの経験談を、世界中の皆様に読んで頂けることは本当に素晴らしく、今まであり得なかったものです。20年以上のキャリアを経て、今このインターネットという大海原で、経験という宝船を世界に向けて発信できること、読者の皆様がいつも読んで下さることが何より楽しい執筆活動です。この現実がとてもありがたく、私の「出世の証」だと思っています。

皆様の人生が、大海原を航行する大きな豪華客船のように、豊かで穏やかなもになりますように。

※次回の更新では、20年間ルーを買わずに作り続けてきた「我が家の練り練りシチュー」のレシピを公開します。
昨夜も美味しく出来上がりました。バターと小麦粉だけで作る、優しくて深い味わいの秘密をお届けします。どうぞお楽しみに!

コメント

タイトルとURLをコピーしました