こんにちは。【心を整える専門ノート】へようこそ。
前回の記事では、3700万円のローンを背負い、崖っぷちで家族を守ろうとした決意をお話ししました。しかし、運命はさらなる試練を私に与えました。夫が左遷先で引き起こした「ある事件」に呆れ果てていたその矢先、私の体に「余命」すら意識させるほどの大病が見つかったのです。 執念で家族を支えてきた私の体が、ついに悲鳴をあげた2007年の記録を綴ります。
紛失した指輪と、欠落していた「感謝」
左遷先の事業所で、夫が結婚指輪を紛失しました。「指輪がないと落ち着かない」と焦る夫のため、私は事業所の皆様へ捜索願いのメールを送るよう促しました。 皆様が忙しい合間を縫って協力してくださり、幸いにも指輪は無事に見つかりました。しかし、帰宅した夫に「お礼のメールは送ったの?」と尋ねると、返ってきたのは「送っていない」という信じられない一言でした。
周囲の助けを当たり前だと思い、感謝を形にできない。その未熟さが、今の苦境(左遷)を招いていることに気づかない夫。そんな彼と一生を共にするのかという暗澹たる思いが、私の心に深く沈み込んでいきました。
どんなに仕事ができても(あるいはできなくても)、周りの助けに感謝できない人間は、いつかまた同じ場所(窓際や左遷)に戻ってしまう。それを教え込むのも、妻である私の戦いでした。
やさしい上司との出会いにより、助けられた夫
その後、夫は慈悲深い上司との出会いにより、かつての職場へ戻れることになりました。まさに「足を向けて寝られない」ほどの恩人です。
しかし、夫はその感謝さえも、時が経てば忘れてしまうようでした。どんなに素晴らしいチャンスや縁に恵まれても、感謝の心がない場所には、本当の幸福は留まらない。それを教え込むのも、妻である私の孤独な戦いでした。
2007年7月、突然突きつけられた「難病」の宣告
夫の処遇に心を砕いていた2007年の夏、派遣社員としての定期健診で、私の運命は激変しました。病院からかかってきた一本の電話。「奥様はいますか?」「今、外出中です。何かあったのですか?」「…ご主人にはお伝えできません」
その不穏なやり取りに胸騒ぎを覚え、病院へ駆け込んだ私に告げられたのは、国が指定する難病「ITP(特発性血小板減少性紫斑病)」という診断でした。
明日、入院してください。明後日はありません
青天の霹靂とはこのことか?と思う、自分事として捉えられない私。セカンドオピニオンを受けに行きましたが、結果は変わらず、大きな病院にレントゲン写真や資料と紹介状を持って行きました。試験管10本ほど血液検査で血を抜かれ、倒れそうな気分でした。
医師から告げられた血小板の数値は、通常の10分の1以下。いつ体内出血を起こして命を落としてもおかしくない、極めて危険な状態でした。
「今日、今すぐ入院です」という医師の言葉に、私は「明日ではダメですか?」と食い下がりました。やりかけの家事、夏休みに入る小学校5年生の子供のこと……。
倒れる直前まで、私の頭の中は家族のことでいっぱいでした。医師の「明日ならいいですが、明後日はありません」という言葉が、事態の深刻さを物語っていました。
結びに:執念が私を生かした
2ヶ月に及ぶ入院生活、そして最終手段である脾臓の摘出手術。
隣のベッドで闘病する方々と共に、苦い免疫抑制剤を飲む日々は、私の人生で最も過酷な時間でした。それでも、私が絶望に飲み込まれなかった理由。それは「まだ私がいなければ、この家と子供たちを守れない」という、凄まじいまでの『執念』があったからです。
次回は、入院生活で見えてきた家族の本当の姿、そして退院後すぐに仕事へ復帰した私の「意地」についてお話しします。
次回の記事はこちら
「余命は何年?」と問われた難病入院、脾臓摘出、今も献血を続ける夫の不器用な愛 | 【心を整える専門ノート】アラ還からのライフデザイン
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
皆様、どうかご自身の体を一番に大切にしてください。健康診断は、未来の自分への大切な贈り物です。皆様のご健康とご多幸をお祈りしています。


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